漫画:松本剛、原作:ファンキー末吉 「北京的夏」 (講談社)

講談社BOXの「松本剛全作品復刊プロジェクト」第3弾は、天安門事件の記憶もまだ生々しい1990年の北京を訪れた日本人ロッカーを描く作品、「北京的夏」。旧版は1993年に発行されていますが、松本剛作品の中でも特に入手困難であり、それゆえ最も復刊を望まれていた作品でしょう。個人的にもずっと読みたかった作品なので、本当に嬉しいです。
主人公は日本で大人気のロックバンドのドラマー、トオル。商業主義に飲み込まれ、自分の音楽に行き詰まっていたトオルがノリと成り行きで訪れたのは、天安門事件がまだ人々の記憶に新しい中国。音楽ひとつにも当局の厳しい監視の目があり、ロックなんて以ての外という当時の中国で、トオルはアングラで活動するロックバンド、黒豹 (ヘイバオ) と出会います。体制の弾圧がいかに厳しくとも、否、だからこそロックに熱い情熱をぶつける彼らの姿に自分が無くしていたものを見つけたトオルは、天安門事件から1年後の6月4日に向けたある計画を思いついて……。
いやあ面白かった。青臭い青春の爆発を描かせたら天下一品の松本剛は、ロックという題材との相性が抜群に良くて、胸にズシンと来る傑作です。原作は元爆風スランプのドラマー、ファンキー末吉で、実際に1990年に中国に渡ってアングラロッカー達と交流し、現在では中国に活動の拠点を移しています。ファンキー末吉自身の体験を多分に含んでいるのでしょうが、本作の主人公の立場、葛藤、そして当時の中国におけるロック活動の描写は生々しいディテールに溢れていて、上滑りしがちなちょっとクサい話を力強く牽引する原動力になっています。
今回の復刻にあわせて書き下ろされたあとがきでは、ファンキー末吉がその後の中国のロックシーンに少し触れていて、これがまた興味深いです。当局のロックへの締め付けが緩くなり、商業化されるにつれその力は失われていったという顛末には、ロックという文化の持つ哀しい性質が現れていますね。今の目で見るなら、この作品は中国におけるロックが最も輝いていた時代を切り取っているのかもしれません。